2025年6月23日月曜日

刺し子のコースター


2025.6.23  娘がコースターが欲しいと言っていたので、メルカリでオリムパスの格安コースターキットを見つけて早速作ってみた。生地が薄いので裏にグレーのフェルト状の布を当ててまつり縫いしたら具合がいい。今まで小鳥屋の細糸で練習してきたのでオリムパスの糸は少し太いが、刺し易くてコースターにはあっている。ビワは去年大きく剪定したので量は少ないが取りやすい所に成っていて甘くて美味しい。

2025年6月19日木曜日

万博


2025.6 長女が万博へ行った写真を送ってくれた。どこも大行列なのでヨルダン館へ行ってみたらこれが大正解。砂漠の砂をはるばる運んできて、靴も靴下も脱いで皆で砂漠体験。その後デーツシェイクを頼んだらこれがまた絶品で、これだけで万博へ来たかいがあったそうです。お昼はインド館でチキンビリアニとマンゴーラッシーを頼んだらこれまた絶品。楽しくてあと2回は行きたいそうです。ビリアニは丸元淑生さんが絶賛していて、丸元淑生のクックブックに載っているから今度作り方を見てね。
 

2025年6月17日火曜日

折り紙万華鏡と刺し子


2025.6.17 YouTubeの折り紙万華鏡を見て作ってみたが最後の糊付けがうまくいかず何回か失敗した。やっと成功したものも折り目がそろっていなくてガタガタになった。最終的には7.5㎝の折り紙192枚を使って組み立てるのが目標。
刺し子は昔吉田英子さんの本を持っていたがもう作ることもないだろうと引っ越しで処分してしまった。それなのに娘に晒布巾をたくさん作った時に刺し子も面白いかもしれないと思い、本と練習用の布、糸と針を用意した。糸は小鳥屋、針はみすやとベテランも使っているものが手に入ったので楽しみ。

2025年6月3日火曜日

昔の写真とセリアの刺繍



2025.6.2 昔、文化の森の公園写真展に応募して展示されていた写真が出てきたので2枚ずつ飾ることにした。たぶんデジカメで撮ったもので、家のプリンターでコピー用紙に印刷したので余白もあったりしてつたないものだが恥ずかしいとも思わず、近所の人や知り合いに見に来てねと声掛けしたりした。他の人は印画紙に印刷した立派な写真だったが、私の写真も皆が見てくれて、ベンチに止まっている鳥はジョウビタキだと教えてくれた。
セリアの刺繍キットといっても図案が印刷された布と刺し方が入っているだけだが、ブログやYouTubeでたくさん出てくるので私も練習用に買ってみた。これがまた安くて面白いので次々買ってきて今は上級のアナベルとエリンジウムを刺している。ルピナスとエーデルワイスも買ってあるので楽しみ。次は刺し子と折り紙万華鏡作りの材料を集めている。
この半年は鬱々と過ごしてきたが夫は夢にも出てこないし、自分で何とか前に進まないといけないね、Kちゃん。孫が小さい時、庭や塀の外に落ち葉がたくさん落ちていると「お掃除しないといけないね、おばあちゃん!」とよく言っていたので真似してみた。

2025年5月28日水曜日

ジューンベリーとハーバリウム

                                        


2025.5.26 5年前に古家の庭に夫と植えたジューンベリーが初めてたくさん収穫できた。つる植物に隠れて鳥が見つけられなかったのかな。完熟でとても美味しい。メルカリで小さなハーバリウムを買って夫の机に置いてみた。
「ウー・ウェンさんちの定番献立の本」で回鍋肉を作った。キャベツをさっとゆでて取り出し、豚肉はゆでて胡椒と片栗粉をまぶしておく。豚肉を炒め、甘い味噌を入れてからキャベツをいれたらあっという間に出来上がり。片栗粉のおかげで味がからんでこれは美味しい。窓の外はむせかえるような新緑。ひとり生えのペチュニアがつぎつぎに咲いてうれしい。

2025年4月18日金曜日

誰もいない中央公園





 2025.4.12 花見客でにぎわっていたのがうそのような静かな徳島中央公園。ベランダのクリスマスローズの季節も終わり、花は緑色になった。前に住んでいた所に一人生えのペチュニアが色とりどりに咲いていたので摘んできて活けてみた。苗を買って育てていた時よりもずっときれいに咲いているのはなぜ? 左下の花はフクロナデシコ。

2025年4月5日土曜日

お花見2025





2025.4.4  長女が誘ってくれて徳島中央公園と眉山のお花見。昨年は車いすの夫も一緒だったのでなぜかもの悲しい。眉山ロープウェイが新しくなって料金も跳ね上がったが天気が良く景色は最高。パゴダは修理中だったがビルマで戦った今は亡き父をしのんだ。雨季の行軍、増水した茶色のイラワジ川、村のビルマ人が優しくしてくれた話をよくしていた。実家にはその時の飯盒がずっと置いてあった。ビルマ戦線は厳しかったと聞くが、今年は戦後80年です。石碑の和歌は
 眉のごと雲居に見ゆる阿波の山  かけて漕ぐ舟とまり知らずも 船王